日本・アルメニア関係

日本とアルメニアは地理的な距離よりも心理的な距離が遠いように思うがまったく関係がないわけではない。日本や日本人、若しくは日本人の意識の中にある事で関係するアルメニア人を拾い上げてみた。

日本にもっとも長く住んだアルメニア人、ダイアナ

 

 

アルメニア人作曲家-アラム・ハチャトリアンとその弟子寺島伸夫

 

 

日本の教科書に採用されたウィリアム・サローヤンの小説

 

 

GM、MGMと大株主カーク・カーコリアン

 

 

ロッキード事件のロッキード社副社長コーチャン

 

 

ラッフルズホテルのオーナー、サーキース兄弟

日本では良く知られているシンガポールの老舗ホテル、ラッフルズホテルの創業はペルシャ(イラン)系アルメニア人のサーキース兄弟であったことはあまり知られていないのではないだろうか。

現在のイラン出身、アルメニア人サーキース兄弟

現在のペルシャ(イラン)出身のアルメニア人、サーキース兄弟が東南アジアでホテル業を

Martin Sarkies (1852-1912)

Tigran Sarkies (1861-1912)

Aviet Sarkies (1862-1923)

Arshak Sarkies (1868-1931)

ラッフルズホテル設立

1887年12月1日、10室のRaffles HotelがEastern & Oriental社(Penagベース)により創業された。

ホテルの名はシンガポールの創立者Sir Standord Rafflesの名にちなんでいるが、ホテルのオーナーはイラン系アルメニア人のサーキース兄弟が経営するEastern & Oriental社であった。

1892年、長男Martinが退職、TigranがシンガポールでRaffles Hotelの経営にあたる。AvietはラングーンでStrand Hotelの経営を行った。ArshakはペナンでEastern & Oriental社を経営した。

1931年、世界恐慌とマラヤのゴム貿易の低迷の影響で植民地経済は疲弊、Raffles Hotelも例外ではなく、Sarkies4兄弟の末っ子、Archak Sarkiesの死後、Raffles Hotelを含むE&O社のビジネスは、経営破綻に追い込まれた。

1933年Raffles Hotel Ltd.が設立され、スイス人GMが就任。

Raffles Singapore

http://www.raffles.com/

Sarkies兄弟が設立したホテル

(wiki)

近年の日本・アルメニア関係

1988年スピタク地震へ緊急援助隊派遣(ソ連邦ソヴィエト・アルメニア共和国)

199x年 技術協力開始

1999年 円借款第1号案件(送配電網整備事業)締結

2005年 円借款第2号案件(エレバン・コンバインドサイクル火力発電所建設事業)締結

エレバン&アルメニアリンク

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